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2011年01月31日

【特別編 4-1】昭和55年の地図より(1)

昭和55年4月発行の昭文社の都市地図(ニューエスト東京区分地図)と、現在の昭文社の地図(街っぷる東京23区)とで、河川・水涯線が違うところを抜き出してみました。文字で(笑)。今は埋められている部分が中心です。都市地図は意外といい加減なので(今も水路が間違いっぱなしの箇所を知っている)、実際こうだったのかはともかく、30年前はまだ開渠だったかもな、とかいう具合に参考にしてください。今回は前半。

一部の池が描かれていないのは本当にないというわけではないと思います。
今ない池があるのはOKですが。

千代田区
北の丸公園の池は描かれていない。

中央区
桜川が桜川公園手前(現・屋上公園)まで開渠。
築地川東支川が海幸橋南から北門橋まで開渠。
※拡大図ではさらに小田原橋から備前橋まで開渠。
豊海運動公園部分が埋立られておらず、水面。
初見橋から朝汐運河までが開渠。

港区
赤坂御用地の池は大きなもの3つだけが描かれている。
自然教育園の池は描かれていない。
元麻布二丁目10番地の池あり(拡大図のみ)。
当たり前だが、檜町公園や毛利庭園の池は形が違う。
外務省飯倉公館の北の池あり(拡大図のみ)。

新宿区
神田川と妙正寺川の合流点は、下落合一丁目11と12の間の地点。
※合流点から先は旧神田上水の表記となる。
中野区のほうにはないが、こちらでは桃園川が青色破線表記されている(中野通りまで)。
大字神楽河岸はあるが水面が駅側に寄っている。

文京区
大きな違いは見当たらない。

台東区
山谷堀が地方橋北まで開渠。

墨田区
大横川が全部開渠・非公園。
江東橋五丁目9に短い水路あり(拡大図のみ)。

江東区
毛利の営林署貯木場がある。
仙台堀川・横十間川が全部健在。
千石一丁目5の水面あり。
東陽五丁目29の水面あり。
木場三・四丁目の木場公園になった部分と親水館北の部分が開渠。
深川線の下・亀歩橋から隅田川大橋、およびそこから富岡八幡までと亀堀が開渠。
古石場川が全域開渠。
南砂町駅から日曹橋まで開渠(ほんとか?)。
首都高木場出入口に大洋木材の貯木場あり(拡大図のみ)。
要橋から南(首都高下)、およびそこから入船橋・平久川までが開渠(拡大図のみ)。

品川区
東品川海上公園が水面。
鮫洲駅東の部分が埋立前。
しながわ区民公園は未整備(埋立のみ)。
戸越公園の池は今より大きい。

目黒区
西郷山・菅刈公園の池は描かれていない。
蛇崩川は区内全域開渠。
目黒基地のところがほぼ池。
都立大前駅手前まで呑川が開渠、以降柿の木坂支流が東が丘一丁目33(現緑道の終点)まで開渠。

大田区
呑川は全域開渠。
洗足流れ、洗足池駅から長慶寺までは全部開渠。
洗足池の北、北千束との境まで開渠。
矢口渡駅北西から沼部駅北・中原街道まで開渠。
南前堀の現緑地部分が開渠。
北前堀が東糀谷五丁目の西端まで開渠。
旧呑川が避難橋入口付近まで開渠。
貴船堀が大森東26・19の西端まで開渠。
平和の森公園南端部が埋立前。
城南島あたりの水涯線が一部自然な感じを残している。
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2011年01月29日

0276 平野のわずかな開渠2

0276.jpg
0275に接近。まあはっきりいって汚い。奥はさらに細い水路になっているが深い。そしてこの写真サイズだとよくわからないと思うが、木が使われている。奥のほうは水色の固体が浮いて、よくわからない黒い物体が横たわり、不気味である。なぜここだけ残されているのか不思議。道路にする必要すらないような場所だからか。

 ちなみに道路の反対側には(現在では)続かず、道路下の暫定合流管に流れ込んでいるようである。
タグ:足立区
posted by しかすけ at 21:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 水路(都市) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月28日

0275 平野のわずかな開渠1

0275.jpg
足立区の水路はほとんどが道路か歩道か通路になってしまっているため、開渠を見つけるのは難しい。これは商店街歩きの移動中にたまたま見つけた、平野三丁目の開渠。といってもほんの2-3メートル。下水道台帳図には特に何も描かれていない。紅白の柵には「昭和六十一年度足立区」とだけ書かれていた。

足立区はいちいち暗渠っぽい道で足を止めるときりがなく、かといって開渠や蓋がけ暗渠を探すとなるとごく少ない。
タグ:足立区
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2011年01月26日

0274 大京町(大番町)の水路敷

0274.jpg
下水道台帳図で「水路敷」とされている、大京町と信濃町の境の路地。あんまり暗渠という感じはないが、明治25年の地図ではたしかにジグザグとした流れがこのあたりまで描かれている。
タグ:新宿区
posted by しかすけ at 22:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 暗渠(道路・歩道型) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

0273 大京町(大番町)の浅い谷2

0273.jpg
慶応病院裏、大京町(旧大番町)と信濃町の境、0272の向かい側。病院敷地の石垣の下に、コンクリートの水路遺構がある。この谷は慶応病院内が谷頭で大京町交差点南で玉川上水余水吐に出るだけだと思われるので、唯一外部から確認できる水路跡である。下水道台帳図では現在はここに管はない(玉川上水余水吐は今も管がある)。しかしこんなはっきりした遺構があるとは意外だ。本当にゆるやかな谷底なのだ。

なおもう一本、旧右京町にも浅い谷があり、そこは来週あたりに再訪したいと思う(その中間にも1-2本の短い谷筋があると思われるが見当がつくか不明)。谷または流れの名前をご存知のかたがいらっしゃったら、いつでもよいのでぜひ教えてください。
タグ:新宿区
posted by しかすけ at 16:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | 水路遺構 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

0272 大京町(大番町)の浅い谷1

0272.jpg
東京都新宿区大京町の慶応病院裏、旧大番町と信濃町の境の路地の浅い谷底に、わずかに水路の跡がある(路地が町界で谷はクロスする)。まずこの北里記念図書館北の私道部分。やや左寄りが谷底なのがわかるだろうか。南西へ流れて玉川上水余水吐に合流すると思われる(右京町からの流れとは合流しない?)。

なお台帳図からは公的な管は読み取れず(宅内の管は知らないが)、暗渠とは言えない。
タグ:新宿区
posted by しかすけ at 23:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 水路遺構 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

0271 鎌田川親水緑道3

0271.jpg
水路敷のまわりに木があるというのは良い。古くからの木だと水路の影響で枝の伸び方に特徴が見られるし、新しいものでも立体感が出て風景として大変良くなる。暗渠でも横にある木に開渠時代の面影が感じられたりする(事実はともかく感じるのは勝手だ)。


<短信>
水路暗渠ファンには音楽が好きな人も多いように思う。僕もそこそこだと思うが、子供の頃はまったく興味なく周囲からの影響もなくて、高校くらいから急激に独自に聴いていったので、かなり変な趣味になっている。おかげで同世代で音楽の話が合う人がいない。

昨日AmazonでCDを注文した。「メイドさんベスト 復刻盤」と弘田三枝子「ミコ・ジャズ・ライヴ・イン・北九州」である。こんな取り合わせで買った人間もいないだろう・・・。
タグ:江戸川区
posted by しかすけ at 21:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 水路(親水公園・親水緑道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

0270 鎌田川親水緑道2

0270.jpg
とにかくちゃんと水が流れているのがいい。雑草などがあってもいいので、とにかく水流が大事。枯れた親水緑道ほど寂しいものはない。


去年ぶよう堂で買った「DXポケット版 東京区分地図」(昭文社・S49)がなかなかいい。印刷が細かく、ポケット版のページ折り畳み式にしては水路の記載がけっこうある(たとえば、碑文谷池や清水池からの流れなど。細かさは区にもよるが・・・)。昭和40年代末にどの程度開渠だったのか知りたい人にはおすすめ。橋の名前も一部入っている。販売価格は500円でした。
タグ:江戸川区
posted by しかすけ at 22:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 水路(親水公園・親水緑道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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