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2015年07月29日

0612 不老川中流部

だいぶ前(2013年)のものになってしまうが、不老川の狭山市から下流を歩いた時の写真があるので、2回に分けて紹介したい。
(2020年追記あり)


なお上流域については以前に掲載した以下の記事を参考にしていただきたい。


また、上記と今回との中間に関しては単体写真記事としてアップしているので、入間市のタグでいくらか見られると思う。どちらにせよ、全域を歩行完了している。
※不老川および支流全体像に関しては何かのかたちでまとめたいと思う。


一応触れておくと、不老川は古多摩川のひとつで、
多摩川の流路が南に変わった現在は上記記事のようなぼんやりとした源流しか持たず、
降水時以外は導水により水質を保っていると思われる。
東京都瑞穂町から埼玉県入間市・狭山市を北東に向かって流れ、
川越市で新河岸川に合流する。主な支流に入間市・所沢市の林川・樽井戸川があるが、
元々水に乏しく水害もまた多い地域であるため、人工河川である部分も存在する(上林川の一部など)。
現在の不老川中流部も大雨の時には溢れそうになり、渇水時にはほとんど枯れている箇所がある。
支流も含め、ほぼ全域で流路の直線化が行われているが、旧流路の名残も各所に伺える。


では写真を見ていこう。



0612-01.jpg

▲入間市と狭山市の境界近く、林川の合流地点(上流向き)。

林川は県道8号付近からここまで道路下を通っている。近くにはこの地域では数多い石橋供養塔がある。

現在の林川の一部は人工河川である。

明治期は禊川・振宿川等の狭山丘陵の湧水が併さって東進し現在の上林川の流路へ入り「逃水川」と呼ばれ、

藤沢で不老川と合流せず小水路(入間郡誌によればこれこそ逃水川だが市はそう呼んでいない)のほうへと流れ、

そのまま入曽用水と繋がっていたようであるが、

これもやや無理やりな流路で、江戸期やそれ以前からかなり人の手が入っているのだろう。


ここから狭山市側が今回の歩行起点。


※これより、写真はほぼすべて下流向き。


0612-02.jpg

▲歩道のない二車線道路に沿って、入間基地との間を流れる(通路などは現在一部不通)。

護岸のコンクリートが古く、幅も狭い。ただし背後に遊水地(と導水施設)がある。この橋は必要性が謎。

一応、基地の金網側も歩くことができ、また左側も歩行者だけ通れる道がある。

時期によっては雑草で歩きづらい。ちなみに当ブログのタイトルロゴ画像はこのあたり。


0612-03.jpg

▲旧流路を利用したと思しき浄化施設の跡が分岐する。以前の記事を参照。


0612-04.jpg

▲浄化施設がふたたび合流する地点。


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▲基地の影響下を脱して、ややゆったりとした川べりの散歩道となる。

ただしあまり人は歩いていないし、蛇行していた頃の名残か、私有地の畑がせり出している箇所もある

(杭の川側を通れば問題ないとは思う)。


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▲不老川は水質ワースト等の不名誉な記録で名を馳せた(?)時期があったためか、この手の看板が多い。

それももう大半が色あせたり壊れたりしている。


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▲中流部から下はかなりの堤塘部分が歩行可能なのはありがたいところ。


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▲川べりにイタリアンの店。入曽から先は散歩する人もよく見かけるようになる。


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▲大きな木が多く、気持ちのよい散策路。


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▲不老川沿いは水田はほとんどなく、畑地ばかり。東京側と違って谷も少なく、水の確保には苦労したのだろう。


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▲橋と段差。もちろんこの水量も導水あってこそである。


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▲暗渠となっている支流(?)からの水量はご覧のとおり。


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▲山王中学校の南、水辺まで降りられる公園のようになっている箇所。

あまり整備されていないが、不老川の中では貴重である。

水害があったせいなのか、あまり公園化と結び付けられていないのだ。


0612-14.jpg

▲その先で、堤防は唐突に緑のトンネルになる。ここはちょっと見もの。

このトンネルの終わりが入曽用水との合流点。ここからしばらく支流はない。


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▲ここから少し行くと堀兼という新田地域。防風林は今もかなり残っている。

やはりというか、土地が平らで風が強い。東京の河川とはまるで違う風景と歩行感。


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▲真新しい県道126号。不老川歩行では貴重なコンビニとうどん店が右手にある。

ここでいったん休憩としよう。


次回に続く!





タグ:狭山市
posted by しかすけ at 22:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 特集・企画記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

0611 宇喜田川

2015年7月12日(日)に新川・宇喜田川を歩くイベントを行うので、
その予習記事ということで、まだ掲載していなかった宇喜田川を取り上げたい。

なお写真は2013年のものと2015年のものが混在するので、ご注意を。


今回の地図はこちら


東京都江戸川区の宇喜田川は新川の支流で、荒川放水路ができる前は東砂方面まで続いていた。放水路完成後は東側だけが残り、新中川と新川を結んだが戦後早い時期に埋められた。


西葛西駅から行船公園方面へと続く道は十八軒川の跡。これをまずはどんどん進んでいく。
十八軒川は宇喜田川に繋がっていた川で、
元々両側に道路があったため埋められたあとも二車線道路として活用されている。

0611-01.jpg
▲旧小島地域に入ると、ちょっとした商店街になる。
この通りを旧小字から棒茅場(ぼうしば)通りと呼ぶ。
「茅」を「し」はちょっとないだろうと思うが、
地図によっては「棒蘆場」とあるので、「ぼうあしば」から来ているのかもしれない。

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▲川から細長く伸びる耕地がそのまま宅地化しているこの地域は、路地が多い。
低地であるにもかかわらず盛り上がっているのは堤防跡だからだろう。

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▲かつて小島バス停付近にあったという十八軒水神宮は、
北葛西二丁目12のジェーソン近くに遷っている。

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▲宅地間の排水路敷だろうか。
たまにこういう空間はあるが、基本的にわかりやすい暗渠は少ない。

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▲新中川側の街路に入る。
生活感のある、かさいストアーと小島湯。私の好きな一角。

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▲小島町バス停の北、少し広場のようになっている交差点から西へ進む道は、
かつて旧葛西橋・葛西小橋に繋がっていた道で、新中川のほとりに食堂小橋屋の建物が残る。

0611-07.jpg
▲旧葛西小橋までの道は盛土されていて、今も周囲と段差がある。

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▲交差点奥、宇喜田川の河川敷を使った小島遊園。
そのコンクリート壁は堤防を利用したもの。

0611-09.jpg
▲その堤防跡には丁寧な説明板がある。
宇喜田川・十八軒川の歴史についてはこれを見ていただきたい(クリックで拡大)。
こんなものを、各川跡ごとに作ってくれたら良いのだが・・・。

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▲宇喜田川は宅地化された部分が多いが、幅の一部は改めて暗渠としても使われている。
これをたどってみよう。

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▲外水道がいくつかあり、暗渠っぽさが増す。

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▲やがて車道はなくなり、完全に暗渠小径となる。
これは旧河川敷の東側に寄っていると見て良い。
なぜか地図では道自体が描かれていないが、ちゃんと通りぬけできる。

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▲わかりやすい開渠の支流がある。このあたりの運河・用水以外の水路敷はみなごくごく狭い。

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▲このあたりが一番良い景観(暗渠ファン的に)。
この暗渠、開渠だったことがあるのだろうか・・・。
そもそも川を埋めて改めてこの水路を作らなければならなかったのか謎だ。
新中川には構造上流せないから排水路が必要だったのか。

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▲やがて公園に出る。宇喜田川公園である。誰もいないけど。
この先の河川敷は駐車場、そして宅地として使われている。

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▲対岸の豊榮稲荷神社横にある古い石仏群。
隣接する第一三共工場内にも神社があったようだが、現在はよくわからない。

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▲こちらは七軒町の水神社。川跡近くの町会会館の横にある。
十八軒とか七軒とか六軒とかいうのは、すべて小字名である。
バス停の名前としていくつか残っている。

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▲新川と宇喜田川の合流点は新川休養公園という小公園になっている。
かつては新川の対岸へと渡舟、そして宇喜田橋があったがしばらく廃止されていた。
近年の(過剰とも思える)新川の整備で公園前に人道橋が新たに造られた。

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▲新川沿いは運河の街として栄えていて、現在も路地が数多く残されている。
一見暗渠に見えるものが多いのだが、ほとんどは違うと思われる。
明治期までの基準でできた本物の路地だ。そしてこのあたりの宅地間の水路は、
たとえ現存していても先ほど見たようにものすごく幅が狭いのだ。

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ということで、「東京散歩革命 新川・宇喜田川〜運河の時代を歩く」は
2015年7月12日、13時30分西葛西駅改札前集合です(参加無料・小雨決行)。
ご参加お待ちしております。詳細は↓↓↓
http://shikasukeito.blogspot.jp/2013/02/blog-post.html

 
タグ:江戸川区
posted by しかすけ at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 特集・企画記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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