人間が暮らす場所において、水とは必要でもあり、また邪魔なものでもある。
 飲用や産業用の水は欠かせない、しかし多すぎる水は排出しなければ害になる。
 我々日本の発達した都市のなかにも、今なお水との付き合いの歴史があちこちに残されている。
 このブログではその水路のある風景・あった風景を一傍観者として楽しんでいく。
 
志歌寿ケイト(しかすけ) 


●しかすけの電子書籍『写真でつづる 東京の商店街 2005年撮影編 I 』『同 II』発売中です。

2015年06月27日

0607 新小岩の短い蓋暗渠

江戸川区には暗渠が腐るほどある。
しかし「公園」に定評のある江戸川区。
水路跡は親水公園/緑道化するか街路化するかのどちらかが多く、
実際に腐ったような暗渠というのはなかなか少ないもの。
(日本で最初の親水公園も江戸川区の古川。)

6月初旬、散策会「東京散歩革命」の下見時に、
いままで何度か通行していたはずの平和橋通りを歩いていたところ、
江戸川区と葛飾区の区境やや南に、いい感じの蓋暗渠があるのに今更気づいた。
位置としては江戸川区松島三丁目42、
新小岩公園方面から新小岩香取神社への水路跡がうねっているところである。

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▲平和橋通り側から。橋っぽい構造物が残っている。

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▲そちらを覗きこむと、立派な蓋暗渠が。一応地図にも道として描かれてはいる。
この暗渠、田圃の用悪水路跡の多い江戸川区のものにしてはグッと曲がっているのがまず+1ポイント。
(とはいえ太いものはけっこう川っぽく曲がってるが。)

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▲橋部分を水路側から見る。段差はわずかだが、橋っぽさは維持されている。
セメントを盛って申し訳程度に段差を解消した形跡が。

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▲こうした半ば放置された生活の匂いがまた+1ポイント。

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▲もうひとつ素晴らしいのが、途中に橋がそのまま残っていること。
家屋とコインパーキングのある土地を行き来するための橋だったようだが、
両側の同一所有者地を繋ぐものか、あるいは駐車場側に細い道があったのか。

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▲振り返った風景もまた良し。立木とトタン壁の家屋も暗渠沿いらしく良い味。

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▲こちらの家屋にも生活痕が。掃出窓と水場だろうか?

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▲先に進むと、残念ながらマンション建設中のため変な位置に植え込みが置かれている。

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▲新小岩公園方面へは一度右へ折れたあと、すぐに通り沿いに左へ折れる。
道路の段差は地図でも見てとれる。
その曲がりと曲がりの間の新しい舗装も、
なんとなく蓋っぽい凹凸が残っているように見える。


本来であれば「わかりやすい」暗渠のはずなのだが、
どうしてかこれまでまったく気づかなかった。
いつもだいたい歩行終わり頃に疲れて通る道だからだろうか・・・。
何にせよ、ほんの30メートルほどだが残っていて得した気分の蓋暗渠だった。


※散策会「東京散歩革命」および「東京力養成散歩」よろしくお願いします!
告知はしかすけメインサイトや下記イベントページで行います(夏場は少なくなりますが)。
http://shikasukeito.blogspot.jp/2013/02/blog-post.html
タグ:江戸川区
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2015年06月08日

0606 南小畔川 その6

その1はこちら

今回の地図はこちら

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南小畔川、いよいよ源流部の様子に迫っていく。
詳細は上記地図を見ていただきたい。

まず、山から流れる水源の方向へと進んでみよう。

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その5で途切れた水路は、やや広い市道を挟んだこの道路の下に潜るようだ。
あまり暗渠らしくないためここで流路を見失いがちだが、
グレーチングのあるところで右を向いてみると・・・。

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▲民地の間にこのような水路がある。これが本流の続きと見られる。

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▲最初の坂道を登り、未舗装の横道を右に入ると、上流部の様子が見られる。
これは下流向きの写真。意外にもしっかりとした水路である。

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▲上流方向。突き当りは曲がっているのではなく、民地に突っ込んでいる。

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▲さらに登って、一番山側の車道にこのような溝があり、ここが続きである。

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▲山側を見ると、こんな水路がある。これが南小畔川の最奥の水源のひとつである。
奥武蔵自然歩道に入ればもう少し奥の谷も見られそうだが、とりあえず止した。

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▲もうひとつ、すぐ西側に似たような水源がある。
道路が少しカクンとしているところの山側を見てみると・・・。

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▲山からこんな水路が覗いている。こちらは道路の側溝部分に流れ込んでいるようだが、
もしかするとそのまま南へ雨水管を行っている可能性もある。

以上が山からの水源である。

しかし、最初の写真の直進部分の白い倉庫の奥に、もうひとつの水路がある。
これも追っていこう。

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▲覗きこむと、このような水路が現れる。

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▲この続きは、西にあるのコの字型の街路に入れば見ることができる。
※ここ、よそ者はほとんど通らず、犬にも吠えられるので注意。
写真は下流向き。ただの側溝にも見えるが・・・。

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▲もう少しコの字街路を登る。側溝にしては不自然な境界、そして紅白の柵。
暗渠ファンであればピンと来るだろう。
これは道路施設としての側溝ではなく独立した水路敷の土地だ。たぶん。

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▲上流方向を向く。U字溝すらなくなったが水路の敷地は続いている。
いったいこれは何なのか?

答えは地図の「案内板」と書いた地点にちゃんとあった。親切。

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▲▼新旧の案内板がある。新しいものもかなり読みづらくなっているが。
「中山家範館跡」と書かれている。
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このあたりは戦国時代まで中山氏の館があったそうで、
推定幅4−6メートル・深さ1−2メートルの堀がめぐらされていたそうだ。

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▲館を囲む堀はこんな形状で、わずかに案内板のある北西側に空堀が残っていると書かれている。
そして図によるとここから流れる水路は「加治堀」と呼ぶらしい。
どこまでがそうなのかはわからないが、南小畔川の上流部も含む名称のようにも見える。

すぐ100メートルほど西の智観寺の水路は「丹生堀」となっていて、
これは飯能市の市街中心部を経て入間川に合わさる。
このふたつの水源に挟まれた位置に館があったとのことである。

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▲この草地の部分が堀の跡とのこと。
しかし案内板の地図と先ほどのコの字路地の水路敷を比べてみると、
あれも堀の跡地の一部であるのは間違いない。宅地造成時になお残ったのだろう。
館の堀の南辺は完全に宅地になってしまっているようだった。

南小畔川で一番西側にある水路は、この加治堀および中山家範館の堀の跡ということになる。
山には直接繋がってはいないが、堀跡が排水路として部分的に利用されているのは面白い。


以上が南小畔川本流の全貌だ(山の中を除く)。
ネット情報は錯綜していたが、源流部もしっかり見てみれば答えがハッキリしており、
川べり歩き・水路歩きの楽しみが詰まっている良き小河川だと思う。

全体で13-14kmほどなので、一日でも歩けないことはない。
トイレや店は少ないが長閑な中流部と謎解きの上流部というバランスは気に入っている。
歩いてみてよかったと思う。
タグ:飯能市
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2015年06月06日

0605 南小畔川 その5

その1はこちら

今回の地図はこちら

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更新間隔が開いてしまったが、南小畔川の5回目。
飯能市の市街地を流れる部分を追っていく。

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▲前回掲載の先はやはり工事中。川べりは歩けないようだが、いずれ歩けるようになりそう。
この区間はなぜだかゼンリン系地図で水涯線が消えている。
比較的しっかりした流れなのだが・・・まさか空からだと森で見えなかった?

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▲2本くらい、このような私道っぽい橋がある。無理してズームで撮影。
この先、迂回して歩く。

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▲いったん暗渠になり、八高線を越えてからの住宅地でふたたび出会う。
暗渠部分は小公園になっている。

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▲暗渠公園の奥、八高線の手前で顔を出している部分。
八高線を潜るところは最近改修したのか、比較的新しい造りに見える。

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▲公園が終わるとしばらく先で開渠になる。ここは横を歩ける貴重な区間。

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▲水路面は小さいが、両側に植え込みがあり水路敷自体はまだ広め。
沿って歩けないため、北側の市道を迂回。

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▲▼これらは北からの支流。このあたりはもう北側の山が近いのだ。
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▲途中の橋から本流を見る。なかなか立体的な植え込みで面白いが荒れている。
橋は私道や行き止まりが多く全ては網羅できない。

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▲ほんのすこしずつだが、薄暗い雰囲気になる。

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▲これも北側の支流のひとつで、さらに分岐している。
左に続く流れは加治神社方面へと比較的長く辿れるようだ(行ってないが上記地図に示している)。
家屋間の水路敷が広いのはこのあたりでも同じである。

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▲本流が次に見られるのは飯能スカイハイツ東側。梁のあるコンクリ水路になった。
ここから上流は谷戸田の跡がはっきりとしていて、
南北2本に分かれていた流れがここで合わさる。

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▲本流と同じ造りの開渠は南側に続いていく。団地脇の通路で辿ることができる。
水路敷自体は狭くなってきた。

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▲カクカクとした形状を保ったまま団地沿いに続く。
この団地の敷地は、昔はそのまま田んぼだったのだろうと思う。

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▲順調かと思いきや団地の先の中山陸橋(西)交差点付近で消えてしまう。
この先は地形も谷ではなくなってしまう。こちらはここで終わり。
道路造成前はもう少し続いていたかもしれないし、
あるいはもともと本流から分岐していたのかもしれない。
ちなみに交差点南の大きな木のところには石仏がある。

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▲団地の東側を暗渠で回りこんで北側に続くのが本流のようだ。

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▲西へ折れてから蓋暗渠になるが、地図上では開渠っぽく描かれている。基準がよくわからない。
宅地に出入りする橋はそのまま残っていて、あとの部分に金属蓋がかかっている。安全上の措置だろう。

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▲そのまま西へ進むと、築堤上の道路(中山交差点の南)をくぐる。

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▲反対側を道路上から見たところ。メッシュの蓋がかかっている。
ここでぐっとカーブする。

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▲下の道に降りる。さらにすぐ曲がって、小さな橋がある。名前はない。左が上流。

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▲橋の先は開渠だが、水路敷の幅も狭くなってきている。
いよいよ最上流部が近づいてきた。

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▲カーブして、北側の市道に続きがある(写真は下流方向)。こちらは蓋がかかっている。
南小畔川はここで少しの間地下化してしまい、上流部の流れがわかりにくくなる一因となっている。

※地図に元から水路が描かれている智観寺付近の流れは違うので注意(西へは進まない)。
 これは入間川水系である。小畔川系の南小畔川は並行する入間川とは合流せず越辺川へ向かう。


いよいよ次で最後。

その6(最終回)につづく
タグ:飯能市
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2015年03月12日

0604 南小畔川 その4

その1はこちら

今回の地図はこちら

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南小畔川の特集第4回目。この部分は飯能の市街地の手前でのんびりとしたあたり。


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▲日を改めて歩行。交通手段が限られる土地なのだが、幸い、
西武バスぶしニュータウン終点から飯能ゴルフクラブを抜けていくと中断地点に近い場所に出られた。

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▲ここから先は県営かんがい排水事業が完成し、南側にも水路がある。
のんびりとした田園風景が続く。散策する人もけっこう見かける。

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▲▼このような人道橋で北側の市道に出ることもできる。名前はないようだ。
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▲久しぶりの名前あり橋、栗ノ木橋。奥にあるのがかんがい排水事業完成記念碑。

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▲ここでいったん橋ではなく暗渠のようになるが、すぐに復活する。

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▲「飯能自然遊歩道」と書かれた手書き看板が出ている川沿いを行くと、
入間第二用水との交差点が見えてくる。南小畔川はトンネルで抜けていく。
用水から水を引けるようになっているが、あまり使われていないようだった。

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▲階段で入間第二用水に登る。金網はいささか邪魔だが、いかにも用水という感じ。
高低差があるためなかなか見通しが良い。
小さな薄っぺらい橋があり、そのまま用水を渡ることができる。

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▲用水を降りたすぐ先に、宮沢湖方面から流れてくる水路が合わさる。
なかなか野性的な合流口で、水量もある。

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▲ふたたびあまり整備されていない南小畔川らしい風景になる。小下(こしも)橋。

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▲階段で降りられる箇所がいくつかあるが、草が多くてそれどころではない。
写真では見えないが横からは排水管もいくつか伸びてきている。
このあたりは民家はそれほどない。

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▲郷路(ごうじ)橋。名前の表示された橋としてはこれが最上流部のもの。

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▲やや広い市道を越えると、やたら立派な土地改良竣工記念碑がある。
どうせなら屋根付きベンチでもほしいところだが。

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▲やがて未舗装の遊歩道的な道になる。
反対側も一応歩けるように作ってあるが、枝が邪魔でたぶん歩行困難。
奥に人道橋がひとつある。

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▲埼玉県道30号のガード。
地図では行き止まりのように描かれているが、狭いながらも通りぬけできる。

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▲なかなか風情のある橋だが、名前はよくわからなかった。

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▲その橋の脇からの水路。

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▲橋のすぐ先にはベンチがある。ベンチしかないが。
こちら岸にはいくつか新しい住宅が並んでいる。

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▲住宅の先、ここでまた川沿いに歩けなくなる。
飯能の市街地に近づき、いよいよ川幅も細くなってしまうのだ。

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▲いかにも未整備・工事中といった様子。
実際、この先の部分は護岸(と側道?)の整備中のようであった。

次回は市街地内の水路としての南小畔川をご紹介。

その5に続く
タグ:飯能市
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2015年02月04日

0603 南小畔川 その3

その1はこちら

今回の地図はこちら

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特集3回目。南小畔川中流部の続きです。


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▲圏央道下に大きな空洞が。将来道路が通るのだろうか。手前が南小畔川。

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▲国道407号、霞野橋。
この橋のすぐ横に貴重な買物スポットのコンビニがある。

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▲川の反対側にある水路にはかわいい橋が架かっている。

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▲ここで圏央道をくぐる。奥に見えるのが内出橋。
くぐったとはいえ、相変わらず圏央道沿いに南に登っていく。

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▲このあたりから竹林が増える。埼玉は比較的川沿いの竹林が多いと思うが、
南小畔川は上流端まで断続的にこうした風景が味わえる。

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▲田木集落へつながる無名の人道橋。

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▲再び圏央道をくぐり、木の宮橋と上島橋。どちらも似た感じでしかも近い。
ここからは圏央道を離れて南西へ向かう。

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▲雑木林と農地の風景がしばらく続く。

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▲無意味に広いが渡ってもまともな道路すらない謎の橋、下前田橋。

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▲県道262号の橋は名称不明で、川沿いに歩けるのはここまでとなる。
このしばらく先からは飯能市に入る。仕方ないので南から迂回。

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▲迂回路はかなり高い位置まで登る。川の方向には立派な竹林がある。
この道を降った先にも橋があるようだが私道っぽいので行かなかった。

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▲迂回路から戻ったところから見える、自然な感じの副流路。
このあたりからは農地の両側に流路が確認できる。基本的に北側が本流。

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▲本流もしだいにいい感じに荒れてくる。
この先は名前の無い橋と私道の橋が増えていく。

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▲芦苅場・永昌寺前、崩れた跡がある。
寺の橋が2本確認できる。

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▲このあたりはちょっと落ち着いてきて、田舎の集落によくある水路の風景。

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▲ここから道は北へ登っていくため、川から再び離れることに。
各家々に出入りする私道橋が架かっている。

少しだけ芦苅場の丘上の集落へ迂回するが、けっこうな急坂である。
カメラの充電がなくなってきたため、このもう少し先で歩行を打ち切り、
翌週改めて歩くことにした。

その4に続く
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2015年01月27日

0602 南小畔川 その2

その1はこちら

今回の地図はこちら

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▲不動橋の先には不動ならぬ不法投棄地帯が。
かなりダイナミックに車が打ち捨てられている。

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▲河南橋の下には支流が合流していて、整備された飛び石がある。
南小畔川はなにげに飛び石がよく出てくる。

河南橋のあたりは南小畔川では珍しく小広場のようになっていて、ベンチがあった。
ただしトイレはない。この川、トイレだけはほとんどないので気をつけたい。

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▲広場の先にひとりぼっちの猫が。
数秒見つめ合ったのち、ものすごい速さで逃げていった。

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▲山吹橋の先、脇から合流する水路。いい感じの蛇行と水量。
他にも荒れた感じの水路や水路敷があちこちにある。

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▲塚下橋を過ぎて日高市に入る。堤防道の右手には農地が広がる。
しかしこのあたりはあまり耕作していないのか、ススキやセイタカアワダチソウが茂る風景だ。

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▲こんな荒れた農地と堤しかないところに、またしてもひとりぼっちの猫。
こいつはまったく逃げなかった。動画はこちら

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▲神流橋を過ぎ、相変わらず川は低木や草が茂りつつ続いていく。
たまに何かの機械室のような小さな建物が川べりにある。

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▲日高市にはサイボクハムという施設があるのだが、南小畔川はその裏側を流れている。
そしてその近くにもうひとつ、一部で有名な大川興業があり、南小畔川の表裏一体の名所となっている。
この看板は別の場所にあったものだろうか。今は川とサイボクハムの裏手の駐車場を向いている。
たいへんにレトロでナイスな物件だ。

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▲堂ノ前橋の先、農地内の水路。このあたりは農作業をする人も見られた。
あまりキッチリとした造りのものではないのか、どんよりと水が溜まっている。

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▲無名の橋の脇、一度崩れている。

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▲これも旧流路の名残のようだ。
ちょろちょろと水が滲み出る音が聞こえた(気のせいではない)。

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▲川は圏央道をくぐりぬける。
歩く場合、いったん川を少し離れて側道に上り、すぐ横のガードを通れば良い。

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▲側道の橋は五反田橋。この川でたぶん唯一、関東地方建設局と書かれたもの。
しばらくはこのようなコンクリートっぽい橋が続く。

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▲圏央道の脇にある水門。

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▲猫だけではない、馬もいた。

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▲こちらは日本道路公団のもの。書体が丸ゴシックっぽくなった。
ここから少しの間は、圏央道に沿っていくことになる。
おそらく河川敷の一部が道路用地に使われたのだろう。


その3に続く
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2015年01月21日

0601 南小畔川 その1

※600記事記念企画です。


ここ数年、埼玉県の南小畔川を歩きたいとずっと考えていた。自宅からいつでも行ける距離だが、実際に公共交通と徒歩で踏破するのは面倒な位置にある。また航空写真等で確認すると、草深い時期は歩けなさそうな箇所がある。

それで毎年、なんとなくずるずると行かないままになっていた。来年には引っ越しをしたいという思いもあり、2014年12月にやっと行く決心をした。

南小畔川(みなみこあぜがわ)は飯能市に端を発し、日高市を経て越辺川(おっぺがわ)の支流である小畔川に川越市笠幡東部で合流する荒川水系の小河川だ。源流部は宮沢湖の南側山林にある。

大きな支流はなく、農業用の用悪水路が多く接続する。ほぼ全域に渡って河川改修が終わっており、蛇行の少ないゆったりとした流れになっている。秩父方面の山々を遠景に、明るい農地に囲まれ、水面やその近くにはススキや低木が程よく茂り、堤防部分の多くが未舗装の砂利道や草地となっているのが南小畔川の典型的な風景だ。

特別な何かがあるわけではないが、私はこういうのんびりとしながらもちょっと寒々とした小河川が好きだ。暗渠散策とは違った意味で、歩きがいがある。今回は下流側から歩いてみた。実は上流の様子は地図だけではよくわからず、今回歩いて確かめることにしている。

地図はこちら

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▲地図によれば、北小畔川との合流点へたどり着くには、この関越道のガードをくぐることになる。
抜けた先にはわずかな畑しかなく、ひと気はない。
もっとも、川べりを歩いて行くこともできるようだ。

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▲信じられないが、地図に書かれた道のひとつがこれ(高いほう)。・・・道か?

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▲北小畔川との合流地点。この先が小畔川と呼ばれているようだ。
なかなかのんびりとした草地があり、春に来ると良さそう。

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▲実はガードも川べりも通らずとも、飛び石で対岸から渡れると気づく。

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▲最初の橋である大町橋を過ぎ、さっそく高低差の少ない埼玉らしい風景となる。
このぼんやりさ加減が良いのだ。

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▲庚申橋の先の風景。このあたりの堤防は歩けるが、不老川などと同じく未舗装が多い。
奥の茂みはおそらく旧流路で、このような小規模な改修後があちこちにある。
またそれら旧流路にも湧水などがあり水の音が聞こえる場合が多く、風情がある。
不老川は全体に乾燥しているが、南小畔川は湿り気が豊富だ。

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▲神明橋の先で川越線に阻まれるので、一旦南側の県道15号へと回る。
先の住宅地でまた川べりに堤防の道がある。奥まっているため人はほとんどいない。

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▲手前が下ノ橋、奥が県道15号の田中橋。
この先は私立秀明中学校の敷地裏を通る。

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▲水路が合流するところにはかわいいスルースゲートが。
このあたりは細かな用悪水路が巡らされているが、今回は主に本流のみ歩いた。

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▲市道第606号橋。これはこれでかっこいい名前かもしれない。
606というのも良し。

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▲対岸に猫が佇んでいた。

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▲笠幡駅近く、やや広い新田神橋。草が茂るこの感じは全体に続く。

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▲第377号橋。なぜか「市道」はつかない。

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▲同じような造りの旧不動橋。このすぐ先に不動橋がある。

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▲第377号橋と旧不動橋の間には、旧流路と思しき支流があり、
おそらく地域の方が適当に配置したと思われるブロックを足場に、直接渡ることができる。
途中に湧水があるようで、水の流れはそこそこある。
ブロック周辺もかなり湿っているためやや危ないが、貴重なスポットだ。
ここはまた来たい。

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▲旧不動橋の先の道の橋から支流の上の方を見てみる。
排水が流れこんでかなり淀んでいるが、下までは流れていないようだった。
信じられないが、すぐ下流の水はそこそこ綺麗に見えた。

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▲旧流路支流のさらに上は広いがただの荒れ地のようになっている。
やがて本流に水路敷が合わさる。

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▲不動橋。南西方向に水門と支流あり。
不動尊があるのかないのか、よくわからなかった。


その2に続く
タグ:川越市
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2015年01月19日

0600 富士市

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600記事記念に、水路上の花を。
タグ:富士市
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