人間が暮らす場所において、水とは必要でもあり、また邪魔なものでもある。
 飲用や産業用の水は欠かせない、しかし多すぎる水は排出しなければ害になる。
 我々日本の発達した都市のなかにも、今なお水との付き合いの歴史があちこちに残されている。
 このブログではその水路のある風景・あった風景を一傍観者として楽しんでいく。
 
志歌寿ケイト(しかすけ) 


●しかすけの電子書籍『写真でつづる 東京の商店街 2005年撮影編 I 』『同 II』発売中です。

2015年01月10日

0591 富士市

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どの水路にも水流があることの喜び。来てよかったと思える瞬間。
タグ:富士市
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2015年01月09日

0590 富士市

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駅前商店街のアーケードの隙間から見える水路。こうした水路が残っているのも地方都市ならでは。
タグ:富士市
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2015年01月08日

0589 富士市

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今日からしばらく(おそらくかなり長い)、静岡県の富士・富士宮シリーズを1日1枚更新。
まずは富士駅近くのこの水路。やはり水量があると見栄えもいい。
タグ:富士市
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2015年01月07日

0588 富士宮・渋沢用水

今日から富士・富士宮シリーズを掲載していく(そして1記事1枚に戻る)。
まず導入特集記事として富士宮の渋沢用水を紹介したい。
といっても街歩きのついでなのでごく一部区間だ。

渋沢用水は潤井川から分水し富士宮市街地を抜け、また潤井川に合流する用水のようだ。
富士山周辺地域はどこの水路も水量豊富だが、富士宮もその例に漏れない。
特にこの渋沢用水はひっそりとした雰囲気も大変よろしい。
富士宮観光の際はぜひ立ち寄ってみてほしい。

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▲私が歩き始めたのはここから下流。富士宮市東町。
この手前もよさそうなのだが、側道が歩けるか不明だったので行かなかった。
日も暮れかかっていたため急ぎ足だった(これより前に富士市街を歩いたのだ)。

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▲まず、水の流れがきっちりとあり、柵がないのが良い。
柵がない水路を許容できる自治体は素晴らしい。

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▲高さ的には谷地ではなく、用水路らしい風情がまたいい。
自然と流れこんでくる水ではなく、どこか上品なのである。
水路ファンは谷が好みかもしれないが、私は水が流れている場所が好きなのでどちらも大好きだ。

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▲写真だと見えづらいけど、芝桜なんかが石積みから顔を出しているのも高ポイント。
地方都市の水路の石積みの植生は重要な観察点となるが、まさに良いお手本。
こういう風景と出会うために私は地方都市を歩くのだ。

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▲ただの側溝ではない。かなり手前で北に分岐していた分水路との合流点。
これもまた水量があり水の落ちる音が気持ち良いのだ。

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▲小径の両側が水路になる箇所があるのも好きだ。
こういう場所は水路の多い都市でないとなかなか味わえないもの。

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▲低い側にある細い水路は手作り感がある。水路幅は狭いがちゃんと階段橋が架けられている。
特にこのあたりでは階段状の橋を良く見かけた(後日掲載)。

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▲このもうひとつの合流点(先ほどと同じ流れが別れたもの)も、たまらない。
落っこちた石の感じとか。石積みが続くところとか。くうううう。
死んだおっかさんにも見せたかった(生きてる)。

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▲側道はこの先でおしまい。
しかしそこにはなぜか廃車両がじっとこちらを向いてお出迎えだ。

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▲といっても、くの字に曲がってすぐ先の道(フラワー通りの東側)で再び顔を出すのだが。
また会ったな!

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▲そのまたすぐ先にあるスルースゲート、これも街の良いアクセントだ。
ここからはボブスレー感のある水路になり、市役所とニッピの工場の裏をくねくね抜けていく。
ただし横を歩くことはできない。
早急に市役所の土地を提供して側道を作ってくれ頼む頼む頼む。

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▲ニッピの横、県道414号とぶつかる地点。進入禁止の割にたやすく侵入できそうな造り。
このあと南へ流れて潤井川に合流するが、歩行はここまでで富士宮駅へと折り返した。
いつか全ての区間を踏破してみたい。

このように、渋沢用水は地方都市の水路の良さが凝縮された1本と言えるだろう!


ということで、明日からは1日1枚、富士市と富士宮市の水路写真を掲載していくのでお楽しみに。
タグ:富士宮市
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2015年01月03日

0587 【特集】練馬の暗渠2

2014年11月16日歩行、前回の続き。
もう1本の、東側の暗渠を下流側から歩いて練馬駅方面へ戻ろうと思う。



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▲石神井川からしばらくはこのような並木道になる。
この道は旧流路とも交差するが現在はあまり関係ないだろう。

直進する支流もあるがこちらは西へ折れて、川場湯という銭湯前を通過する。

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▲桜台三丁目交差点から、JAに突っ込む。
営業していればこのように中に入って続きを追うことができる。

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▲花き販売スペースを突っ切る暗渠。

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▲突き当りの金網の奥を覗いてみた。
窪みがあるのだが、開渠なのか下に潜っているのかよくわからない。
ここからは暗渠沿いには歩くことが出来ない。
先にある児童公園の奥から覗くことはできそうだが公園に先客が多かったため断念。

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▲一本南側の道も川跡っぽさはあるが詳細不明。
地図によってはこちらもしばらく水路が描かれていた気がするのだが、さてどれだったか。

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▲JAから先はマンション裏のここに出てくる。
形跡はほぼ土地の境界線のみとなり、わずかに三角形の土地として残っている。

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▲開進三中の横を少し進むと、青いペイントの「水路敷」が登場する。
この支流の中ではここがいかにも暗渠っぽい。宅地の中をくの字に折れる。

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▲この手の暗渠街路にしては若干侵入に勇気を要する。
別に通り抜けても何の得もない道だからだろうか。

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▲再度南へ折れて道が広くなる。
右側が暗渠で、民地になっている白い金網の出っ張りにそのまま突っ込む。
そして道自体は行き止まりになる。

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▲行き止まりの先は開渠なのだが、時期が悪かったか、草や木でよく見えない。

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▲拡大すると確かに、蓋というほどのものは掛かっていない。
けっこう荒れている。

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▲上流側の道路から見た開渠部分。思ったより幅広だ。
それでもよく残っていたなあという感じである。
そしてこの先はほとんどわかりやすい形跡はなく、土地の境界のみが頼りになる。

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▲1本上流側の街路との交差点。
この角と角を結ぶように水路があった。
家々の間は切れてはいるが隙間や遺構はなく、下水道台帳図で見ても公共の下水管はないようだ。

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▲都市計画図によればこの川跡は次の街路で唐突に北へ折れ、桜台通りにぶつかって終わるのだが、
その最後の曲がり点と思われる箇所にわずかに形跡がある。
このマンホールと土地境界のずれがそれ。左手が上流である。


行き止まりが何度も出てくるために追いにくい川跡だが、
推理しながら歩けばわかる程度の痕跡がある点では楽しかった。
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2014年11月17日

0586 【特集】練馬の暗渠1

11月16日、時間があったので練馬区桜台四丁目から石神井川への暗渠を2本歩いた。
部分的には横切ったことはあったのだけど、ちゃんと歩いたことがなかった。



今回この記事で紹介するのは、上記地図の西側の支流。
途中でさらに分岐がある。

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▲練馬駅の北東、大門通り商店街の1本東の道。
おそらく昔は千川上水から水を引いていたのではないかと思うのだが、
地図で確認できるのは桜台四丁目22・23までだ(S35東京都都市計画図)。銭湯辰巳湯の裏手。
ちなみに手前にワンコイン釣り堀があるが、暗渠と関係あるだろうか。

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▲北に流れたあと、東に急角度で折れ、開進第二小学校方面へ。
おそらく右側が流路で、まあなんとか川跡っぽくはある。

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▲開進第二小学校北側に細い暗渠小径がある。
しかし決して歩きにくい感じではないし歩く人もそれなりにいそうだ。子どもとか。

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▲マンホールは半分学校敷地側にはみ出している。

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▲その先は宅地と畑に突っ込んでしまう。扉の向こうが暗渠。

ここで、南から合わさってくる支流も少し歩いてみた。
きれいにカーブしている街路がそのまま流路と一致する。

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▲暗渠好きならすぐ惹かれる、階段つきの暗い暗い街路。蓋つき側溝があるが水路かは不明。
写真手前が流路なのだが、このように西側が低くなっていて、
実際の水路の高さがどうだったのかはよくわからない。

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▲南側の支流は前述の地図ではすぐ終わってしまうが、そのすぐ先には井戸がある。
また、さらにその東側にも車止めのある狭くまっすぐな街路(家の間口と無関係)があり、
いずれかの水路につながっていた暗渠かもしれない。

さて、畑に突っ込んだ支流はどうなったか。
フェンス越しに覗いてみた。

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▲なんと、短いながらも蓋がけ暗渠として健在のようだ。
この暗渠で蓋が確認できるのはここくらいか。

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▲南側の流路と畑の蓋暗渠との合流点はここで間違いない。
街路の境界が曲がっている2点間がそのまま水路幅だろう。

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▲東にカーブし終わり、五叉路に出る。
アパートの擁壁が煉瓦混じりで、石仏群と背後に墓というナイスな風景。
振り返ったところにはクリーニング店もある。このあたりが一番気分が乗った。

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▲(おまけ)五叉路の北側の道には、崩した煉瓦壁を再利用した石積みが。
都内では牛天神の坂など、たまに見られる壁だが、これほど徹底したものは珍しい。
いいものが見られた。上のアパートの擁壁もここと同じ人のものだろうか。

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▲あとはよくある暗渠の小径となる。
他にも紹介されている方々がいらっしゃると思うのでやや割愛。
たまに植え込みがあるがあまり植わっていない。緑道になりきれない感じ。

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▲この曲がりはちょっと好き。
練馬区名物の水路敷の青ペイントはところどころにある。

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▲田が拓かれていたらしく少なくとも2本の流路が並行している。
これは西側の流路。写真は省くので、最初の地図を参照。

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▲暗渠に柿の木は妙に似合う。

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▲幅広の植え込み。石神井川が近くなってきた。

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▲この先で合流する。氷川台駅の手前で、けっこう人も車も多い。

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▲吐水口。水は出ていない。

下流側は多少歩いたこともあったが、上流側に蓋暗渠があるとは知らなかった。
練馬−氷川台間の散歩道としてはおすすめ。全体に住宅地だが、けっこう人が出歩いていた。

次の記事でもう1本を紹介したい。
タグ:練馬区
posted by しかすけ at 22:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 特集・企画記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

0585 【特集】神田川・赤城下町方面の支流+おまけ(紅葉川)

最近は地図上での水路跡割り出し作業が多く、
頻繁に自分の目で現地確認しに行くわけでもないけれど、
都内に行く機会があれば見たいと思っている箇所はたくさんある。

たまたま神楽坂に2回行く用事があったので、神田川の赤城下町方面の支流を見て歩いた。

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神楽坂駅の北側、マクドナルド東側の路地からこの支流暗渠を辿ることができる。
一応上流端と思われる。右側のコンクリ部分が元の水路部分(東京市及接続郡部地籍地図より)。

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坂を下ると道路を挟んでここに出る。右側が暗渠。
このあたりは似たような櫛型の私道が多いが、ここは下水道台帳図によれば水路敷。

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階段下東側、石や溝の感じが若干水路時代を彷彿とさせる。
もちろんちゃんと公共下水管も通っている。

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その先は矢来町と赤城下町との境界の崖となる。
下水道台帳図ではややクランクしてつながっているように描かれていたが、
実際この先が行けるかどうか不明で急いでいたので行かなかった。

ちなみに崖の部分はまっすぐ東西に伸びる帯状になっていて、
すぐ西のあかぎ公園ではその段差を利用した(ちょっと怖い象の顔の)滑り台になっている。

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さきほどの反対(下流)側から見ると、どうも一応斜めに道があるっぽいが、
なかなかちょっと見に行くのはためらわれる。誰かよろしく。

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下流側、引いて上流を見たところ。私道っぽすぎて入りづらい。

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道路を挟んで北側、マンション横の続きがこれだ(1軒分東にずれる)。
開渠と言えなくもないが、これも台帳図によれば公共の下水管が下にある。
残念ながら入れない。

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下流側に回りこむ。スペースはあり、途中までは入れそうだ。
幅はこの先の支流と同じくらいか。

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東に折れる。ややカーブした暗渠道となる。

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くるんとカーブして、すぐに北へ折れる。

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道路を挟んで続く。あとは地図でも確認できる、まっすぐな暗渠。

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別の日に撮ったもの、なので晴れている。上流向き。
かなり緊張感のある狭い暗渠で、私は好きだ。入れるようになっているのが意外なほどだ。

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これも上流向きで申し訳ない。この手前で目白通り・神田川に出て終了となる。
ちなみにこの直線部分は明治末の地籍地図には筆界がない。

この暗渠の下流部は何度か歩いたが、上流部は未確認のことが多く、
とりあえず用事のついでではあるけど状況確認ができて良かった。
下水道台帳図と東京市及接続郡部地籍地図でほぼ整合が取れていることもよくわかった。
道路のない宅地間に公共下水管が描かれている場所、短い切れっ端のような水路敷があるところは、
どうしても気になってしまうのだ。

地図はこの下のものをどうぞ。


より大きな地図で 神田川 赤城下町方面の支流 を表示


●おまけ
下水道台帳図で確認できる、新宿イーストビル裏手の紅葉川の短い水路敷。
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ここも見たかった箇所なのだけど、暗くなってしまった。
源流部のひとつである西側の多くが再開発で失われてしまい残念。
タグ:新宿区
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2014年05月24日

0584 【特集】笄川・旧青山南町方面の支流など

↓今回の地図はこちら

より大きな地図で 笄川 を表示

笄川本流全体、および旧青山南町5・6丁目(長者丸方面)の支流を歩いてきたので簡単にレポートする。なお、今回は東京市及接続郡部地籍地図を主要資料としてマッピングし歩行した。

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▲(画像01)地籍地図で追える笄川の跡のうち、青山南町六丁目方面の流れはここが上流端。南青山3丁目13−1のビル横に階段つきの妙なスペースがある。残念ながら通りぬけ不可だが、下水道台帳図ではここに下水管があるのは間違いない(通れるように書いてあるが)。

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▲(画像02)奥はこのようになっていて、駐輪場の北側に窪んだスペースが計5軒分続く。自転車だったら入りたかったが係員がいるため近寄らず。入口がよくわからない駐輪場だが、屋台村みたいなところから入れる。

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▲(画像03)駐輪場奥で北へ曲がるようだが、暗渠はない。すぐ北の道に続きの短い暗渠がある(南青山3丁目12と14の境)。短いながらも水路の面影が色濃い、このあたりではかなり珍しい暗渠道だ。

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▲(画像04)下水道局のプレートもある。

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▲(画像05)次の街路で右折し、この左側を流れていたようだ。すぐにクランク状になるがこれも直進せず左側。

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▲(画像06)クランクの先で登り始めてしまうが、ここはマンション建設現場右側の土地境界のところをカーブしながら流れていたようだ。道路形状にもそれらしい出っ張りがある。通りぬけはできないし特に水路のスペースも残っていない。

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▲(画像07)いったん形跡が消えるが、南青山3丁目7/8/9の出会うあたりに窪地がある。ここから東側の暗渠路地へ斜めに下水管が続くと下水道台帳図にあり、地籍地図と一致する。

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▲(画像08)左斜め奥が上流。手前に向けて暗渠路地がある。ただし入口付近は幅が倍あるカラーブロック舗装でそれとは気づきづらい。グレーチングはこの地域によくあるものなのであまり関係なさそう。

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▲(画像09)同じく上流向き。このような舗装なので一見わかりづらい。

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▲(画像10)ホテルフロラシオン青山のある通りに出る。続きはガクンと低くなったこの部分で、ここに谷戸田があった時代の南側の水路を引き継いでいると思われる。ゼンリン系地図では細い私道が描かれているが、実際には入ることはできない。幅はそこそこある。

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▲(画像11)仕方がないので、谷底の一本道を下流へ進む。ここが農地だった頃は2本の水路が並行していたようだが、この道が位置的に水田時代の水路跡かは怪しいと思う。北側の水路はこれより若干北の崖側にあり、ここの水田がなくなり道路と宅地ができた時点で消滅したのではないかと推測する。水田があまりに狭くなる気がするのだ。

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▲(画像12)地籍地図によれば、この一本道の最東端部(本流と出会うあたり)にのみ、なぜか水路があったようだ。現在L字溝になっているあたりか、もう少し手前までか。これが北側水路の名残ではないだろうか。一方の南側水路の土地は地籍地図上では廣閑院の南で途切れる。

(あとで数枚差し込むかもしれないがとりあえず南青山5・6方面の支流はここまで)


<<<その他の発見>>>

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▲(画像21)笄川上流部(青山プレミア裏)に逓信省の境界杭を1つだけ発見した。現在の外苑前郵便局が青山郵便局だった頃のものだろう。

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▲(画像22)西麻布二丁目9と10の間、「コレヨリ私有地」がなぜ私有地かと言えば、元々ここは水路敷ではないからだろう。上流から歩くとこの表示のあたりから道が少し曲がるが、水路はまっすぐでしかもすぐに南へ折れていた(ただし現在は通路などはない)。もちろん下水管などはこの私道に付け替えられているのだろうが、元の水路敷が公有地のまま移動するわけではないのでこのような状況になっている、とほぼ確証が持てた。

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▲(画像23)根津邸方面の支流のある谷の児童公園に馬頭観世音を発見。また公園の奥にはやたらと湿っぽい大谷石の壁があり、もしかすると水が滲み出やすいのかもしれない(単に雨水が落ちる場所なのかもしれないが)。

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▲(画像24)地籍地図によれば、高樹邸方面からの支流の向かいに笄小学校までの水路があった模様だ。妙に広いため、支流というよりは排水のために作られたものかもしれない。現在鉄の小さな階段がある行き止まり道がそれっぽい。笄町住宅に突き当たって北に折れて笄公園奥まで行っていたようだ。


タグ:港区
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